カムイたちの黄昏その6
・・・・・・・・・・地中深く龍の胎内にて・・・・・・・・・・・
檳榔(ビンロウ)椰子の生い茂る緑の中を二人と1匹の蝙蝠が、その方角へと歩き始めた。
程無くして、岩の中の裂け目が見えた。
地中深くへと続いている。
勾玉は引き寄せられるように輝きを、増した
立て坑のようになっているので、入り口で芭蕉の葉を編んで長い縄を結って二人は下へと降りて行った。
勾玉は、大きく輝き松明(たいまつ)代わりとなった。
降りるにつけ、押し寄せる湿気と,風の音ともつかぬ音の反響は、それがかって龍の胎内だったことを思い浮かばせる。
平坦な底にやがて着いた。
時々、水の滴る音と闇に発光するものがある。
1条の流星となって砕け散った星のエネルギーが瞬くのだ。
勾玉の光に、白い氷柱のような龍骨やたてがみを伝って水滴が落ちていく。
地底へと続く道は、なだらかな下り坂になっていた。
ずいぶん下ったような気がした。
やがて、大きな湖が現れた。
天井から無数の龍骨が垂れ下がりその先端から水滴と共に星と龍の“嘆きのしずく”が落ちる。
“ピュト~ン、ピュト~ン“
“しずく”はゆっくりと水面(みなも)に波紋を広げていく。
湖面に落ちる水音が、余韻を残すように地底の湖に響き渡る。
まるで、何も変わらないように悠久が流れている。
伽那志の勾玉の輝きが陽炎のようにおぼろに揺れている。
勾玉の輝きとは別に水中では“嘆きのしずく”が寄り添いながら無数の光のマリモが星空のように水底を漂っている。
神々しくも幻想的な光景が広がっていた。
しかしその“場”の何かが違うことを二人は感じていた。
男具那は、心の中でつぶやいた。
“この場所の気配は、何なんだ?“
蛭児(ひるこ)が,応えた。
“時だよ,時が違ってきてるんだ”
3人の会話は、声ではなく意識で行われていた。
云われた意味が二人にはまだ、わからなかった。
二人は、吸い寄せられるように地底湖の畔まで足を進めていった。
(正(まさ)しくそれが吸い寄せられていると判明するのは、後のことであった。)
微かなさざ波が、二人の足元を打つ。
「待て!何かがいる。」
つかず離れずで付いてきていた蛭児(ひるこ)が、空中の岩場にぶら下がりながら警告を発した。
湖面の中央部分が盛り上がっていく。
“嘆きのしずくの光”が集まっているのだ。
瞬く間に人の形となっていく。
やがて、光輝く人形(ひとがた)になっていった。
男具那と伽那志は、思わず足を踏み入れていた波打ち際から、後ずさった。
「たれか?」と男具那は声を出して叫んだ。
それは時を経て、龍とともに剣の先からこぼれ落ちた異空の星のエネルギー“嘆きのしずく”が結集した姿だった。
女神、それは女神の姿に似ていた。
“光の女神”が語りかけてくる。
“私たちは、宙(そら)へ還らなければなりません。”
“私たちは砕け散った星の粒1つ1つのエネルギーを集め、天駈けようとしました。”
“しかし、あの衝突ですべての物の重さが1つの点に凝縮されたのです。その1点の空間に綻びが出来てしまいました”
“そのままにしておくと、周りの物から順にすべてがその”綻び“へと呑み込まれてしまうのです。”
“私たちは龍の胎内の隅々から染み入ってくる水を利用して集まり、”綻び“を封じ込めるために湖を作ったのです。”
“ようやくこの姿に宿るまでになったのですが、この水底にあるものに吸い寄せられていくのです。星へと還るエネルギーの核がその物へと吸い込まれ次々と消えていくのです。”
“この湖の底の大きな岩壁の中に,それがあります。”
此処まで聞いていた蛭児(ひるこ)が二人へと想念を送った。
“十束剣(とつかのつるぎ)の鞘だ。”剣の荒ぶる“を鎮める鞘だ。鞘の中に綻びが出来ているのだ。”
“黒い穴”と呼ばれる空間が出現していたのである。
女神の手には、星のまたたきのような輝きを帯びたものが握られていた。
“あなたたち二人がその綻びを繕うことができるならば、これを差し上げましょう。”
“これは、”宙の気”で織られた布です。物と云われている”もの”すべてに反発するものです。”
そう云って女神が、布を翻すと持っていたはずの“輝き瞬いている物”とともに、女神の腕の部分がみえなくなってしまった。
光の反射というもので、物は可視できる。
だからすべての光を通すならば、物は透明となる。
それは、纏(まと)うと自らも透明になるマントのようなものであった。
男具那達に女神は、想念を続けた。 “私たちの名前は、隕岩達磨(インガンダルマ)。“ “私たちは宙(そら)を彷徨う星の嘆き” “私たちは星が終わるとき発せられたひかりのエネルギー。” “私たちひとつひとつは、重さがない” “重さはその星の最期とともに、置いてきました。。” “そして重さなき私たちは、光の泡となって宙(そら)を彷徨い新しい星が出来る時の星の素になります。” “だから、私たちはすでに重さのある世界に居てはいけない存在なのです。” アカハチが黄泉醜女(ヨモツシコメ)を地に縫い付けることが出来たのは、宇宙空間で集めた光の泡“星の素(もと)のエネルギー”を剣に集め剣の次元を変えたことにあった。 しかし、そのことにより、空間にパラドックス(矛盾)が起きた。 パラドックス(矛盾)とは? 剣先が砕け散った時に、正と負が逆転し何物も吸い込む“黒い穴”が出現したのだ。 “もの“が凝縮されると、”もの“の重さは限りなく重くなる。 やがて、重力に耐えかねて質も量も今ある空間から漏れだす。 今ある空間の綻(ほころ)びが、黒い穴の正体だ。 すべてを呑み込んでいく穴は時間さえ呑み込む。 黒い穴の周りには、時間がない。 というより、時間の歩みは遅くなる。 時間とは光の速度と重さに相対するものだ。 隕岩達磨(インガンダルマ)は光の精だ。 光は、時間に対して普遍なのだ。 相対するものは、互いに惹(ひ)きあう。 しかし、黒い穴の周りでは、光の消滅が加速されていた。 黒い穴の周りの時間は、龍の胎内にある隕岩達磨(インガンダルマ)を徐々にひき込み始めていた。 黒い穴の先には、空間や時空をねじまげて、どことも知れぬ時空へと運ぶチューブのような“虫の穴”という通路があらわれていた。 十束剣(とつかのつるぎ)の鞘内は今や一種の”黒い穴”なのである。 負のものに、負の産物が出来てしまったのだ。 “どうか、私たちをもとの宙(そら)へと還してください” “そのためには、黒い穴を白い穴へと変える必要があるのです。” “白い穴とは、黒い穴の出口なのです。” “虫の穴を逆流させるということか!“男具那、伽那志、蛭児(ひるこ)達は理解した。 “この衣は、私たち”ひかり“が宙(そら)を飛ぶ以上の速さで織られたものです。” “時間のない黒の穴の入口の世界では、ひかりの速さを超えなければその地点から脱けだすことはできないし、呪縛からも抜け出せないのです。” “この衣を黒い穴の口に押し込んでください“ “あなたが持つ剣のエネルギーで一瞬でも黒い穴の口が満たされたら、吸い込まれる力が弱まります。その時にこの衣を口に押し込んでください” “流れが止まる間に、エネルギーを集約して私たちは宙(そら)へ還ります。“ “あなたたちしかできません、ずっと待っていたのです。” 男具那は女神の姿をした隕岩達磨(インガンダルマ)から衣を受け取った。 女神・隕岩達磨(インガンダルマ)は、渡し終えるとゆっくりと崩れ去るように水の中に溶け込み、きらきらと輝く光の粒となった。 男具那と伽那志は互いの眼を見つめあい、静かに湖面を漂う光の粒たちへと視線を移した。 男具那は、草薙の剣を抜き放った。 剣が、赤い光を帯びていた。 伽那志が持っている勾玉が、抜き放った剣に感応して濃い紅色に輝いていく。 伽那志は、自分の一番輝く勾玉をタケルの剣の柄(つか)頭に近づけた。 柄飾りの位置の窪みにそれがぴたりと収まった。 ・・・・そうしなくてはいけないと伽那志が感じたからだ。 男具那は剣に意識を集めた。 剣の先から炎のような赤い光線が走り、水面が切り分けられていく。 伽那志は、水辺に座り目を閉じて勾玉に意識を集中する。 柄の勾玉は、極紅色へと変化していった。 伽那志の魂(ちむ)が男具那の剣へと入っていった・・・。 男具那は衣をまとって剣を持ち湖に足を踏み入れた。 水辺で、伽那志が祈りの形をとっていく。 “祈りの形”とは、舞うことである。 舞うことにより、余計な雑念を消し去っていくのだ。 深い深い忘我の先に、陶酔がやってくる。 伽那志持っている“さだめ”の糸が過去生に生きてきた人たちとつながり始める。 伽那志は過去生とつながることにより、つながれてきた“いのち”の環の一つとなっていく。 その”環”が見えない糸となって男具那の柄の勾玉へと繋がる。 男具那は、伽那志の全てと剣によってつながったことを感じた。 男具那は、衣をまとった。 衣をまとった男具那の姿は消えた。 反物質で造られた衣は、すべてのあるものに反発し光を通したのである。 それは見えないということだけでなく、すべての質量から解き放たれた“存在”に包まれていることを意味していた。 見えなくなった男具那だが、剣の発する輝きが人型となり、湖水が左右に切り分けていくのが蛭児(ひるこ)には見えた。 伽那志はその全てを剣の中に置き目を閉じて水辺に倒れ伏した。 いまや伽那志は、男具那の眼や意識と同化していた。 それどころか、剣と同化した伽那志が男具那の目となり耳となって、彼を導き始めていく。 湖底は、なだらかに傾斜し徐々に下っていく。 伽那志の眼に湖底を進みながらあたりの水や光を歪めている岩壁が目に入った。 まわりの水がどんどん重くなっていくのを、伽那志を通して男具那は感じた。 岩壁の一角が、ゆっくりとではあるが光の粒を吸収していた。 “鞘だ。” 鞘が岩に突き刺ささっていた。 十束剣(とつかのつるぎ)の鞘口へと、光りの粒が誘い込まれるように消えていく。 “体が重い”とかんじた。 あるところまで来ると、男具那は身動きもままならなくなった。 思うとまもなく、自分の意思からは剣も意識もバラバラになり離れていくのを感じた。 男具那の意識が、体が、剣が、遠くへ・・・、いや、鞘口へとそれぞれ分離されるように引き込まれていってるのだ。 すべてを呑み込んでいく“黒い穴”は形あるものは“意識”さへも分解していくようだ。 男具那の意識が、気がついたときには遠ざかっていた。 とぎれとぎれになっていく意識。 ふわっと、目の前の景色が浮いたかと思うと記憶が途切れるように記憶さえ飛ぶ。 湖のほとりで、感じていた伽那志は狼狽した。 “どうしよう” 伽那志の動揺は、意識の集中を途切れさせた。 伽那志の意識が、剣から伽那志へと戻ろうとした。 剣の外へは、出ようとした途端、”黒い穴“に捕まった。 伽那志がいくら勾玉へ再度意識を集中し剣の戻ろうとしても、底なし沼のようにずるずると引き寄せられていく。 時間さえ、光りさえ戻ってこない闇の恐怖が二人を襲っていた。 すべてを呑み込んでいく“黒い穴”へ 伽那志は、男具那の眼を通して、あたりの水中の景色が奇妙に歪んでいくのがみえた。 ゆっくりとではあるが確実に伽那志の意識も引き寄せられていく。 “いや~~~~~~~~!” 伽那志は心で叫んだ。 “おばぁさん、クスマヤーのおばぁさん助けて!どうすればいいの?“ 繋がった過去生の遠い先から、1条の蜘蛛の糸のようなものが伽那志めがけて降りてくるのを伽那志は感じた。 “伽那志、おまえのすべてをあの男に与えなさい。惜しみなく与えなさい。自分を考えてはいけない。そして今だけを考えて!” 伽那志は、クスマヤーのおばぁさんの言う意味を想った。 “(わたしは、せいいっぱいよ。これ以上何を与えるというの?)” その間も、男具那を通して見えてくる世界は奇怪にねじ曲げられた光景の世界へと変貌していく。 “(・・・わたし?わたしを捨てろというのね?)” かつて、アカハチが身を捨てて宙(そら)から光を集めて黄泉醜女(ヨモツシコメ)に立ち向かったように、自らを捨て去るということは、その身をなくすことに他ならない。 伽那志は、身を横たえていた地底の湖の砂を感じた。 カナシの肉体から最後の“魂(ちむ)”が空中へと静かに浮き上がった。 息をのんで、蛭児(ひるこ)はその様子を見守っていた。 やがて、湖面に水中かえら光りがあつまってきた。 光は伽那志の魂(ちむ)をやさしく包み始めた。 まるで、光が伽那志の魂(ちむ)を“黒い穴”の引力から薄いバリアーで守っているように見えた。 光は、伽那志の魂(ちむ)を包み込むように持ち上げ、湖底へと男具那が意識を失って引き寄せられている場所へと運んで行った。 男具那いるところへと、光たちは自らも“黒い穴”に呑み込まれながらカナシの魂(ちむ)を運んでいった。 男具那の剣の柄頭に取り付けられたカナシの勾玉の部分に来ると、カナシの魂(ちむ)はゆっくりと勾玉の中へと溶け込んでいった。 男具那は手にした剣から。暖かい何かが伝わってくるのを感じた。 暖かいものは、徐々に男具那の全身を覆い始めた。 男具那の体の自由がわずかながら戻ってきた。 渾身の意識を込めて、草薙の剣の剣先から光線が発射された。 それは、まわりの時間に逆らうようなスピードで鞘口へと浴びせられる。 紅く輝きながら伽那志の魂(ちむ)が、剣の先からほとばしっていく。 しかし放った光線は“黒い穴“に到達すると、輝くどころか蝋燭の火が燃え尽きるようにゆっくりと細くなってふっと消えて吸い込まれて行く。 男具那があたりの空間を剣で払おうとするのだが動作はすべてスローモーションのように緩慢にしか動かなかった。 巨大な海綿が、柔らかく柔らかく水を含んでいくように、まわりの時間がが吸い込まれていく。 幾度も光線を放ち、払い、もがいているうちに鞘口がだんだん大きくなって男具那の身の丈ほどになっていく。 鞘口が大きくなったのではなく、大きなエネルギーがその口にかかったため男具那達が歪んで小さくなり始めたのだ。 男具那が分解・終息していく。 男具那の意識が、再び間延びしながら遠ざかっていく。 自分が溶けていく。 時間が溶けていく。 それは、光が造りだしてきた時間との決別でもある。 無に戻っていく感覚。 音も聞こえなくなり、抗(あらが)う動きすべてが重く封じ込められていく。 薄れ行く意識の中で、伽那志の声がする。 “男具那!あなたも剣の中に入ってきて!” 男具那の心には、すでに“無”が広がりはじめていた。 “無”が虚ろになって、自分が崩れていく。 なにか、心の軸が失われ拠(よ)るべきものなく不安定になりひたすら哀しい。 それは、すべてが理解しているのに呑み込まれていく感覚だ。 自らの意思とは無関係に、どうしようもない“虚無”が自分を包み込んでく。 “男具那―!早く!” 絶叫に近い悲鳴が、男具那の薄れ行く意識の中で遠く遠く谺(こだま)した。
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