カムイたちの黄昏
プロローグpro-logue
ティダアマテラスは微睡(まどろ)んでいた。
“南の神世界”、ニライカナイには、永遠の時が揺蕩(たゆた)うように流れ、静寂の時が流れるはずだった。
そのときも・・・・・・・・西暦2011年3月11日午後2時46分。
はるか彼方の海の底が、延々と2つに裂けたのである。
裂けた片方が、口を開いた奈落へと引きずり込まれ、反動で海面は沈み、また盛り上がり、大波となって陸地へと押し寄せていった。
結界となっていた空間の綻(ほころ)びは、遥か海底の地の底から龍神たちの悲鳴に近い叫び声と共にやってきた。
ニライカナイが存在する空間は、間尺(ましゃく)というものはない。
ニライカナイは、広大無辺でありまたミクロの点にも匹敵する微小なものでもあるのだ。
「なにか!」
琉の島の御嶽のイビに祀(まつ)られているアマミキョ(女神)とシネリキョ(男神)に問いかけた。
「ティダ様、遠く北の国越冠(コシカップ)とヤマトゥの境カジマの海の底が次々と裂けて割れています。」
「あの地は北のエミシの国カムイ・ムシリのモシリコロフチ(国の女神)が、ヤマトゥの天照大神(アマテラスオオカミ)と社(やしろ)を分かつ境ではないか?」
「イザナミの黄泉・根の国への入り口の一つは、その海の底にあったはず・・・・・」
神としてのティダアマテラスは、実相を伴わない。
ティダアマテラスの実相とは、光に包まれたエネルギー体であり人間から見るとまばゆいばかりのオーラに満ちている“意識”そのものである。
ティダアマテラスは、「千里の目」を開いた。
ティダアマテラスの「千里の目」には、天に昇る前の龍の子たちが、黄泉から噴きあげる業火に炙(あぶ)られ、さらにのたうち逆巻くうねりとなって海面に大波を立てていく様が見えた。
大波は、幾重にも陸地に向かい人間たちが営々と築きあげてきた「儚(はかな)き物」を次々と吞みこんでいった。
異変が起きている地溝帯の中央部分陸地には、人が灯した「神の灯」が見えている。
やがて、「神の灯」が大波に吞まれたその時・・・「禍津日神(まがつひのかみ)」が“原子炉”と人が言う灯の中から不気味な姿を現したのであった。
万物を構成する元をたどって行けば、神の世界に行き着く。
原子とは、物を構成する電子・陽子と中性子の構成粒子である。
その先が素粒子(クォーク)、すなわち神の世界なのである。
「ひとがあつかえるものではない」ティダアマテラスは思っていた。
形あるものは、流転し変化しながら「無」へと向かい、やがて神が「有」を与える。
これが、神がつかさどる業(わざ)。
「すべてが無に帰すまで人は生きて居まいに・・・・。」
「神の時間は、悠久で人の時間はあまりにも短い」
灯の底が、暗く赤く閃光を発し溶解していく。
稲光が走る。
黄泉から還ったイザナギが穢(けが)れを落としたとき産まれた禍津日神、さらにイザナミのホーを焼き尽くして最後に生まれた火の神カグツチまでもが、蘇ってくるではないか!
やがて、きのこの様な大黒雲が湧きたち、再び穢(けが)れは放たれてしまった。
上古・・・人が歴史として遡(さかのぼ)れる最古の時代より前・古代。
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1:創世の書
「男具那(をぐな)と伽那志(かなし)の物語」
“波の音、風の音“を聴こうと男具那が浜辺に立つと、どこからともなく歌声が聞こえてくる。
もう夕暮れが迫ってきた。
南海の翠(みどり)の海が紅(くれない)に染まるころ、遠くに若い男女が歌で相聞きあう声が響く。
トゥバラーマと呼ばれているこの地の“相聞歌”だ。
♪月(つくぃ)とぅ太陽(てぃだ)とぅや、 ゆぬ道(みつぃ)通りょうる♪
(月と太陽とは同じ道お通りになる あなたの心も同じ道(で)あってください月と太陽とは同じ道お通りになる あなたの心も同じ道(で)あってください)
感情を押さえた、それでいて心に滲み通るような歌声が男具那の耳にも届いてくる。
その声に応えるように、別の方角から・・・。
合い唱 「ツィンダーサーヨー ツィンダーサー(いとしい、いとしいよ)」
2つの声が、語り合っているかのように聞こえ・・・・。
♪かぬしゃま心(くくる)ん 一道(ぴとぅみつぃ)ありたぼり♪
(太陽と月が通る道のように、あなたさまと心が1本の道でありたいよ)
合い唱「マクトゥニ ツィンダーサー」
「ンゾーシーヌ カヌーシャーマーヨ」(かぬしゃま:あなたさま)
オオキミの命により、熊襲と呼ばれる民を恭順させ都へ還るために男具那は海路をとった。
静かの瀬戸の海流が突如逆巻き、風のまにまの枯葉のように外洋へ外洋へと船は導かれていったのだった。
帯びていた剣(つるぎ)の霊力に海底の龍が激しく反応したのであろう。
伊勢の社で叔母倭姫命(やまとひめのみこと)から授かった剣(つるぎ)が青白い光を鞘越しに発光させている。
この地で言うミーニシと呼ばれる北風に吹かれ外海に流された舟は、幅数百キロの黒い潮の流れに逆らうように南へ南へと流され漂流した挙句、大きな黒雲の中に突入した。
すさまじいばかりの雨風と風が吹き荒れていた。
従った僅かの配下も、次々と力尽きていった。
独りになった男具那になおも嵐は容赦なかった。
神の代(かみのよ)、天照大神の弟スサノオが、ヒィカワと呼ばれる川を氾濫させていた八個の頭、八本の尾をもつ大蛇(おろち)を退治したとき、体内から取り出された剣(つるぎ)。
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)。
大いなる力が宿った剣(つるぎ)は、持ち主を選ぶ剣(つるぎ)でもあった。
ふさわしくないものが不用意にそれを手にしたり、切られた者は、その霊力に打たれ骨まで黒こげになり、のたうち死ぬ。
炎に焼かれ黒こげになるのではない。
そのものが持つ「神の灯」の所為なのだ。(後世、ウラン鉱石と呼ばれるもので、それは造られていたのである。)
もはや、すべての望みも消え果てた。
剣(つるぎ)をかざし、男具那は自らを折れた帆柱に括(くく)り付け嵐に向かって叫んだ。
「わが身を砕くなら、砕け!剣の命果てるまでわが命とともに私は闘う・・・・。」
ひときわ大きな波が、タケルの頭上からおおいかぶさってきた・・・。
次第に、意識が遠のいていく。
気を失った男具那の舟は、突然の静寂に包まれた。
龍の目と呼ばれる大嵐の中心へと進んだのだった。
男具那の顔を形をかたどったような光に包まれた不思議な女神が覗き込んでいる姿を、すぐそばで見ている男具那がいた。
そこには、魂を失った男具那がいた。
そこは、ティダアマテラスが支配するニライカナイと天照大神が支配する高天原の境界であった。
女神は、左右に白い竜と黄色の龍を従えていた。
女神は、ふと微笑んだように男具那には思われた。
男具那の意識は、そこで途絶えた。
気が付いたときは、ヒヌカンの家であった。
琉の島と言われる島に流れ着いたのだ。
男具那は、オオキミのいる都へと向かわねばならなかった。
遠い昔、親神といわれている神産みの祖が高天原と根の国の中間を取り持つ葦原中国(あしはらなかつくに)を平定するときに授けられた玉(ぎょく)、鏡、剣(つるぎ)。
それぞれの力により、中つ国は平定されたのであった。
剣(つるぎ)は、戦いの力を現すものであった。
オオキミの治世が揺らいでいた。
男具那にはオオキミの命による葦原中国(あしはらなかつくに)の平安を司る3本の剣(つるぎ)を再び大王のもとに戻さなければいけない使命があった。
北の最果て、エミシの頭目タンドシリ・ピリカの手にある「布流剣(ふるのつるぎ)」を再びに葦原中国(あしはらなかつくに)に奪い返さなければいけなかったのだ。
葦原中国(あしはらなかつくに)とは、天照大神の住む高天原と根の国の中間に位置する現世そのものの世界である。
古来、3本の剣によって葦原中国(あしはらなかつくに)の平安は保たれていた。
「布流剣(ふるのつるぎ)」とは、祖神イザナギの妻イザナミが最後に産み落とした火神カグツチが母を焼き殺したとき、怒り嘆き悲しんだイザナギガ怒りにまかせて切り殺したとき、剣に付着した血から化生(けしょう)した神建御雷神(たけみかずちのかみ)が持っていた妖霊剣の名前である。
建御雷神(たけみかずちのかみ)は、高天原と黄泉の国を取り持つ葦原中国(あしはらなかつくに)を最初に平定した化生神になるのである。
その剣は、北への備えとして、常陸カジマの森の社に祀られていた。
その剣が、こともあろうにエミシの手に落ちたのである。
失われた剣(つるぎ)のせいで、葦原中国(あしはらなかつくに)が今、荒ぶっている。
タケルが持つ草薙の剣(つるぎ)こそ、唯一、布流剣(ふるのつるぎ)と互角に闘えるものであったのだ。
もう1剣、これらに互するとされるのが、十握剣(とつかのつるぎ)である。
十握剣(とつかのつるぎ)とは、イザナミが妻イザナギを焼き殺した我が子「火神カグツチ」を切って捨てた剣(つるぎ)そのものである。
スサノオの大蛇(おろち)退治に使われた十握剣(とつかのつるぎ)の行方は、ようとして行方がわからないままであった。
エミシへと向かわなければ・・・・。
しかし、黒い潮の流れは、秋から冬の間、強い風を伴い、決して男具那の還りたい方角へは寄せ付けなかったのだ。
「うりずん(陽春)」の季節。
風が吹き返す季節になった。
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