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2013年11月

2013年11月24日 (日)

カムイたちの黄昏、その5

・・・・・“ウフーソ・蛭児(ひるこ)”の想いから・・・・

 

島に最初に降り立った火伏の神”アキバヒノヤギ“は、イザナギの怒りに触れ切り殺された迦具土(カグツチ)の血から派生した神であった。

しかし蛭児(ひるこ)と同じように神としては自分の能力を使いこなせないところがある、少し気弱でお人よしなところがあった。

”アキバヒノヤギ“とは、存在自体が巨大な火力発電機と言っていい存在であった。

それだけに、水神というより火をさらに圧倒的な火でねじ伏せる山神が本質である。

己の力がどれほどのものかを量ることができない完成されていない神”アキバヒノヤギ“。

蛭児(ひるこ)は憑いている蝙蝠“ウフーソ”に誘(いざな)わせて島の北東の窪地のため池が真上にある洞窟に”アキバヒノヤギ“の鎮めの場を用意した。

”アキバヒノヤギ“は荒ぶることもなく島の人の為に、火伏の神として祀られることとなった。

程無くして、記紀にて“イザナギ”が黄泉平坂で追っ手へ“尻手に振られた”という十握剣(とつかのつるぎ)から清め落とされた黄泉醜女(ヨモツシコメ)の残滓がこの島へと“天への梯子“と名付けられた虹の道を辿って降りてきたのであった。

シコメ“は、万物の4大元素と呼ばれる「火・水・風・土」のうち火(熱・物質を変性させるエネルギー)を操ることに長けていた。

この島に火伏せの神の一人が居ることを“シコメ”は嗅ぎ分けた。

“シコメ”は己が髪の毛を引き抜き、吐く息で飛ばして何千というシコメの軍勢”ヨモツイクサ“を造りだした。

”アキバヒノヤギ“が祀られ鎮座していた憑代(よりしろ)の岩の盤座を取り囲み盤座を揺らしたのである。

驚いた”アキバヒノヤギ“が放つエネルギーを、シコメの軍勢”ヨモツイクサ“が伝導体としてシコメ”へと送り出す。

エネルギーを吸い取られ弱体化した”アキバヒノヤギ“は、己のために更に補充エネルギーを注ぎ足す。

”アキバヒノヤギ“は“シコメ”の計略に貶められ、シコメ”は無限のエネルギーを掌中に収めたのであった。

”アキバヒノヤギ“は、”ヨモツイクサ“に囲まれ島のニシ()の一角に押し込められてしまった。

蛭児(ひるこ)は手をこまねいて、見守るばかりであった。

やがて、シコメ”は、火伏の神”アキバヒノヤギ“のエネルギーを利用し強力なバリアーを島の外に張り巡らせた。

島は負の結界に覆われた。

島は、混沌と狂気が交錯するエネルギー磁場と化した。

島は、“シコメ”の霊力により重くたちこめた黒い霧と、雷鳴が雷鳴を呼び岸壁に打ち寄せる波が、地上高く砕け散り“幕”と呼ばれる丘陵地帯を超える暗霧の世界に満ち満ちた。

その頃合いに、蛭児(ひるこ)は海の神“スサノオ”へと助けを求めたのであった。

蛭児(ひるこ)は付喪神(つくもがみ)として蝙蝠“ウフーソ”の体内に潜んでいたので黄泉醜女(ヨモツシコメ)の探索の霊針には探知されなかった。

蛭児(ひるこ)の助けの求めに応じて“スサノオ”から剣を遣わされた“アカハチ”は、青い龍にまたがりウフアガリの島を目指した。

島は、鈍色(にびいろ・濃い灰色)の結界でおおわれているように見えた。

 

天駈ける青龍が発する燐光のようなオーラが、島の負の結界に触れるや否や、幾重にもめぐらされた結界バリアーから赤や紫の閃光がほとばしりアカハチごと青龍は数キロ、跳ね返されてしまった。

アカハチ”は、十握剣(とつかのつるぎ)を振りかざし何度も結界を突き破ろうとするが、そのたびに跳ね返されてしまう。

シコメだけならまだしも、巨大で無制限のダイナモのようなアキバヒノヤギのエネルギーは、“アカハチ”の親神スサノオでない限り対抗できないほどの強さだった。

鈍色の結界は、雲のように自在に踊る。

結界に触れることにより、結界は仇名す者を探知する。

長い帯のように一角が伸び、その中からシコメが黄泉の国の軍勢ヨモツイクサが躍りかかってくる。

幾たびも授けられた剣(十束剣)を抜き放ちヨモツイクサを切り払うが、雲霞のごとく湧き上がってくるばかりであった。

消耗戦のような無限の戦いの中で、アカハチはもがいていた。

“(本体のシコメの位置すら掴めない。)”

島内で待つ蛭児(ひるこ)からは、天空で不気味に閃光が走り、赤い雷鳴がとどろくのが目視できるばかりであった

十束剣へのアカハチ”のエネルギーが足りないのである。

“スサノオ”に助けを求めることはできなかった。

アカハチは心を決めた。

一転、アカハチは青龍とともに天高く暗雲の中を抜け宇宙空間まで駆け上がっていった。

宇宙空間は漆黒の闇に包まれている。

曇ることない満天の星が瞬いていた。

瞬きは遠い昔、星が発した巨大なエネルギーが光となって時を行き着く先もなく進んでいくもの。

 

アカハチ”は、十束剣に集められるだけの星のエネルギーを集中させ始めた。

星の光のエネルギーを受けて、剣は少しづつ青白く輝きを放つ。

やがて、アカハチも龍も輝き始めた。

異星のエネルギーは、剣自体の本来の由来を崩壊させる。

集めた光のエネルギー、一つ一つに異なる物語が存在するのである。

自らの持つエネルギーの限界を突き破るには、剣の限界点を超えたエネルギーを新たに与えなければいけないとアカハチ”は考えたのである。

長剣である十束剣の輝きはますます増していき、やがてアカハチ”と青龍は剣の光の中に取り込まれ始めていった。

剣に同化され失われていく意識の中で、はるか下方の島の中枢部分に赤黒く島の中で光を放つものが見えた。

“シコメだ!”

アカハチ”の意識が初めてシコメ”を捉えた。

“いくぞ!“

1本の流星と化したアカハチ”と青龍は、“赤黒く光を放つもの”へと流星のように落ちていった。

天空より光の矢が結界に向かい、恐ろしいスピードで突きかかっていった。

張り巡らせた結界の雲の中から、光を発した“それ”が自分に向かってくるのをシコメは一瞬だが目にとめた。

しかし、それはあまりにも一瞬でわが身に落ちてきた。

シコメの視界いっぱいに白いまばゆいばかりの輝きが広がった。

瞬間、島は裂けた。

 

このとき、ウフアガリの島は、北と南の島に裂けたのであった。

 

剣はアカハチを閉じ込めたまま、シコメを刺し貫き地中へと突き刺さった。

火伏の神”アキバヒノヤギ“はヨモツイクサの呪縛から解き放たれ、北の島の一角に放り出された。

シコメの体は、剣に縫い付けられた。

剣の先端が突き刺さった衝撃で砕け散った。

青竜は、砕けた剣の先からこぼれ落ち地中にその体を横たえた。

砕け散った剣先は、黄泉醜女(ヨモツシコメ)をちりじりにして縫い付けてしまった。

龍は、地中に埋まった。

埋まった龍の胎内は地中で空洞となった。

所々に、星のエネルギーが光のしずくとなって、龍のたてがみや骨を濡らす。

 

 

龍の体の中の空洞は、そのまま星のしずくが輝く鍾乳洞になった。

アカハチ”と黄泉醜女(ヨモツシコメ)の勝負は、一瞬の大音響と地殻が裂けた大変動で終わった。

空には、青空が戻った。

夜には、満天の星が輝く世界が戻った。

 

南の島の西北だった部分に剣が突き刺ささりシコメが縫い付けられてしまった場所は、二つに裂けたため、島の北側になった。

 

海の向こうには、北のウフアガリの島がみえる。

 

しかし、その地域の一角にはいまだに結界の衣の残滓を漂わせていていた。

近づくものに不死の軍団となったシコメの軍勢”ヨモツイクサ“が黄泉醜女(ヨモツシコメ)を守るために近づくことを許さない地となった。

 

霊剣、十握剣(とつかのつるぎ)は何人も抜くことがかなわぬまま鍾乳洞“星の洞窟”奥深く、いまだにそのままの姿で岩に刺さったままなのだ。

夜な夜な、アカハチ”であったものが剣を抜け出し、地表をさすらう。

還るべき体もなく彷徨うのである。

“アカハチ”には蛭児(ひるこ)ですら認めがたくなっていた。

アカハチ”の一念だけが黄泉醜女(ヨモツシコメ)を意志の力で縫い付けていた。

鬼女シコメが滅びたとも言い切れぬし、アカハチがいつまでその強靭な意志で押さえつけることができるかもわからない。

こうして、アカハチを閉じ込めてシコメを縫い付けた剣は、男具那伽那志がやってくるまで“ウフーソ”と蛭児(ひるこ)にとって永い休息の時を与えていてくれたのであった。

 

男具那伽那志は、じっと蛭児(ひるこ)の思い出に触れていた。

二人は聞かずとも、想いに触れるだけで記憶を共有できるようになっていた。

 

蛭児(ひるこ)は思考意識を続けた。

“十束剣には剣を収める鞘がある。”

“十束剣は鞘に収めなければ、自らを傷つける剣である。”

“傷つけられし者は、鞘の中に吸い込まれて集められる。剣の周りを彷徨っているヨモツイクサの亡霊は傷つけられし者だ。またアカハチ”も傷つきし者だ

 

十束剣に近づくには、鞘がいる”

“女よ、お前の佩きしその珠は傷つけられし者に反応する。”

“多くが集められたその鞘の行方を探ってみよ。“

カナシは、佩いていた勾玉をかざし、目を閉じ廻り始めた、だれに教えられたともないのに・・・。

二人がいるところは、南のウフアガリの島の中央部西際に位置したところである。

勾玉はそれからまっすぐ北の方角になったとき、明るく輝き始めた。

目指すものがある方角だった。

 

捜し出し取り戻すようにと 姿なき声に啓示された十握剣(とつかのつるぎ)が、其処にあった。

 

二人は前に進まなければいけなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

天照は“スサノオ”から取り上げた十握剣(とつかのつるぎ)が弟“スサノオ“により持ち出されていたことを、見抜いていたのであった。

 

2013年11月21日 (木)

カムイたちの黄昏、その4

・・・・・・雷に打たれた火柱の中で・・・・・・・

どちらともなく曳(ひ)かれるように抱き合った二人は、自然に唇を合わせた。

抱き合う二人の空間だけが青白い透明な“繭(まゆ)”に包まれている。

二人は、光の柱の中にいた。

絡み合うように一対になり求めあい、互いの意識が1つに溶け合っていった。

二つの意識が一つになり頂上へと駆け上がっていく。

「無我」が拡がっていく。

やがて、時もなく距離もなく二人は、ただその空間に浮かんでいた。

そして、二人の意識だけは1つになって、目の前の光景を見つめていた。

この世の創生、遥か自分たちが今此処にいることの証(あかし)としての幾世代遡った父や母のそのまた父や母の姿がそこにあった。

膨大な過去が、光り輝く知識の粒となって二人に降り注いでくる。

天のパノラマとなって流れて行く。

いつしか二人は、「今、自分たちが何故いる」という意識に到達した。

・・・かって二人は一人であった。

 

造りし者の意思の宿命を背負い、一つのものが分かれて二人、時には三人となり気の遠くなる時間を人として、命をつなげてきたのだった。

二人は全ての平衡(バランス)を保つための調整の役割を負っていく時代も生まれ変わってきたのだった。

二人のはるか先、天空に大いなる光に包まれた環が見えていた。

還るべきところ・・・。

二人のひとつの意識が、その環に近づこうとした。

 

突然、声がおりてきた。

「光の環にまだ近づいてはならぬ。」

「この光の環、終(つい)にはおまえたちが還るところであるが、いまだその時ではない」

「はなれよ。」

「お前たちが何の為に存在してきたか?何ゆえ此処にいるか?を伝えるために、今ここにいるのだ。」

「お前たち二人は、天・地・根を司る「和」が乱れたときに現れる役目を託されて生まれてきたのだ。」

「そして正しくは、お前たちは三人なのだ。」

「“和”とは、”つくりしもの”が与えた三つの器にて保たれるもの。」

「一つは、“剣”邪を払う、二つ目は“勾玉”おのれ以外を慈(いつく)しむ愛の心、三つ目は“鏡”おのれの心を鎮め映す。」

「いま邪により“剣”の守りが破られようとしている。」

 

いきなり降りてきたとしか説明のつかない“声”はさらに続けた。

「おまえたちは、それを守るために地上界に遣わされたのだ」

「今ここに宿命(さだめ)を、悟るために来たのだ」

「護らなければいけない剣は三振りある、十握剣(とつかのつるぎ)、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ・草薙の剣)、布流剣(ふるのつるぎ)だ。」

 

男具那、お前が持つ剣はそのうちの一振り天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)。そして、伽那志。お前が祖母クスマヤーから授かった、タカラガイの首飾りは、持つに相応(ふさわ)しい者が掛けるとその者にふさわしい輝きを放つ光の勾玉となり、本来の姿を現(あらわ)す物なのだ。」

 

息もつかず、光の環の前で繰り広げられる光景にただ見とれるばかりだった二人が、伽那志の胸元に目をやると、タカラガイだった首飾りが薄紅色に光彩を放つ勾玉の首飾りへといつの間にか化転しているではないか。

息をのむ二人に、「声」は続ける。

「(心・くくる)とは想い。その想い(うむい)のありたけが曇りなく映し出すために“鑑・かがみ”が必要なのだ。」

「おまえたちがその3つを備えたときに()がもたらせられる。」

「“鑑”はお前たちを試すだろう」

「声」は、しばらく沈黙を続けてから話を続けた。

 

「調(ととのえ)えられたすべてで、和(この世のバランス)が整えられるわけではない。」

「お前たち自身の心(くくる)の強さ・清らかさが鑑の創出に必要とされるのだ。」

「持つか、持つにふさわしいかの試練がおまえたちを待っているだろう。」

「それが相応しくなければ、あるいは固辞するならば、おまえたちにあの(光の輪)をくぐることを許そう。」

 

二人は目をみ合わせた。

 

光の環とは、生きとし生けるものが終(つい)に還るべき旅立ちの“門”であることは、すでに気づいていた。

目を凝らすと、ほとんど透明になったような淡いシャボン玉のようなものが、“光の環”へと吸い寄せられフッと速度を増したかと思うと吸い込まれていくのがみえる。

「魂(ちむ)だ。」

 

「魂はこの“光の環”のまえで、一瞬にその過去のすべてを振り返る。」

「想いを残すことがないものは、この環をくぐる」

 

繰り広げられた光景や降り注ぐように沁みこんできた“知識”はあますことなく、その意味を二人に伝えていた。

 

言葉もなく想うだけで心が通じ合うことに驚きを感じながら二人は、互いをたしかめあった

二人は(降りてくる声)に想念を送った。

「諾」と。

声が言う。

「琉の島より子夘辰(東南)の方角、海果つるところに島がある。」

「島の名はウフアガリ。」

 

そこに遥か昔倭の地から遣わされた“ハチジョウアカハチ”という男がいる。

「もとは人であったが、持ちし剣(つるぎ)の魔力に負けて剣の付喪神になり霊力に操られておる。その男の守る剣こそ、十握剣(とつかのつるぎ)という霊剣のうちの1振りなのだ。」

「この男の宿る十握剣(とつかのつるぎ)は、今や“邪”への統制が利かない

。何度も言うようであるが手にするものの”心(くくる)が大切なのだ。」

 

(声)は遠ざかって行った。

 

二人の視界と視界が閉ざされていき、突如として中空に浮いた状態の二人の意識の底が割れた。

二人は闇の中に放り出され、トンネルの様な中を信じがたいスピードで滑り落ちていった。

二人は気を失った。

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・・・二人が目覚めると。

供物が捧げられている泉のほとりに横たわっていた。

どこかの御嶽(うたき)とおもわれる。

御嶽とは、神が地上に降りるときに使われる出入り口、門の役割を果たすところである

 

 

 

 

ウフアガリの島にて(うふあがり遥か東の彼方という古琉球の言葉“)

 

二人が降り立った島は、天照大神の差配する領域の最西端にあたる島であった。

 

琉の島からは“あがり“すなわち太陽・ティダが昇る東に位置するが、倭からみれば西イリ”若しくは南フェイ・ハイ“の方角である。

 

神々が生まれるもっと前のことである。

島は環礁というドーナツ型のサンゴ礁であった。

サンゴの屍が累々と築きあげられ、海面からせりあがって出来た島である。

そして、地の底の移動(フィリピンプレート)とともに、遠く南の海から気の遠くなるような時間をかけて北へと移動してきた異郷の地なのである。

カルデラという地形に似ていて、外輪山(がいりんざん)に当たるのが幕(まく)と呼ばれる競り上がった外壁のような地形である。

 

大海の孤島という外見の荒らしさと別の静寂な空間で,内輪部分は満たされている。

秋葉(あきば)という名の社・祠は今でも全国に多い。

これは、概ね“火伏・ひぶせ”や“鍛冶・かじ”の神を祭ってある。

 

“イザナギ”と“イザナミ”との間に生まれた火の神“カグツチ”が“イザナミ”の陰部・ホーを焼き尽くし産み母“イザナミ”を黄泉へ送った。

逆鱗した“イザナギ”は持っていた十束剣(とつかのつるぎ)で“カグツチ”に切りかかった。

切り殺された“カグツチ”の血が飛び散り再び神々が産まれた。(古事記より)

飛び散った血の一部は、この島に落ちた。

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“蛭児(ひるこ)”は、二人の男女が突然空間を割いて現れたことに驚いていた。

(禍が来たのかしら?)

“蛭児(ひるこ)”は、御嶽(うたき)の見えるサンゴの石灰岩の割れ目にいた。

長い年月を生きて“高いセジ(霊力)がついた蝙蝠に蛭児(ひるこ)は憑いていた。

蝙蝠はイザナギ・イザナミの神に捨てられた“蛭児(ヒルコ)の霊力による化身である。

(蛭児(ひるこ)とは、神として生まれながら三歳になっても脚が立たなかったので天磐船(あめのいわふね)という天空を駈ける船に乗せられて放ち棄てられた神である。)

 

蛭児(ひるこ)は風の間にまを漂いながら、この島に降り立った。

蛭児(ひるこ)は、心が傷ついていた。

祖神の期待に応えられなかった自分に傷ついていた。

長い年月を経てきているが、好奇心が強く生命力あふれる“ウフーソ”という蝙蝠がいた。

 

蛭児(ひるこ)はこの老境の蝙蝠に憑くことによりその身を永遠に隠していたのである。

ウフーソ”の中に蛭児(ひるこ)が憑くことにより、“ウフーソ”は付喪神となりこの地で御嶽として祀られるようになった。

この島に降り注ぐほどに天を覆い尽くす星の数の年月(としつき)・・・島の中は平穏だった。

その時から、“ウフーソ”は年をとらなくなった。

自分の実態さえ分からなくなっていた。

普段は、祀られている御嶽(うたき)の傍の石灰岩の洞窟に“ウフーソ”はいる。

気を失っている二人に、セジ(霊力)で御嶽の泉の水の飛沫を降り注いだ。

二人は目覚めた。

あたりを見回す二人をしばらくの間観察していた“ウフーソ”は持ち前の好奇心で声をかけた。

二人の心へと。

「あなたたちは、誰なの?何しに来たの?」

一瞬二人はあたりを見回したが、(降りてくる声)の経験が、二人の驚きを静めた。

「失われた“剣・つるぎ”を探しに来たのです。」

「剣?」

「“剣”の名は、十束剣(とつかのつるぎ)と言います。」

 

「なんと!だいそれたことを。やめときなさい!」

「知っているのですか?その“剣”がどこにあるのか」

「知っているも何も、その“剣”はどこへもこの島から持ち出せないよ」

「あるのですね?」

「あることはあるのだけどね・・・・。」

 

“蛭児(ひるこ)”が思い出していた。

彼女が憑いた蝙蝠が、まだ今より若く仲間たちと夜の闇に月桃のかぐわしい香りに誘われて恋を語らっていた頃の話である。

夜空が燃えるように赤く染まり、天空の一角が轟音と共に大爆発を起こした。

幾千もの光が空一面に飛び散って落ちていった。

(それは、“イザナギ“が“カグツチ”へ怒りにまかせて“剣”を振り下ろしたときの事であった。)

その1本が矢のように、“島”へと一直線に落ちてきたのだ。

光の矢は“幕”の内側の密林に突き刺さり、燃え上がりあたり一面を焼き尽くした。

ウフーソたち蝙蝠は、逃げ惑った。

 

一人の男が、焼け跡に立っていた。

琉の島では“ヒヌカン“と呼ばれている火伏の神”アキバヒノヤギ“が降りてきた瞬間であった。

ウフーソたちは、ようやくのこと、岩の割れ根や洞窟に逃げ込み難を逃れていた。

やがて、焼け跡の場所に雨が来た

そのあと、遠く天空まで途切れず続く“虹”がかかるようになった。

(天空への路)の誕生したのだ。

その後、天空ではイザナギがイザナミを追って“黄泉の国・根の国”へと足を踏み入れていた。

ほうほうの体で、黄泉比良坂(よもつひらさか)から逃げ帰ったイザナギが黄泉の国の“穢(けが)れ”を落としたとき、黄泉の“悪霊”もふるい落とされ天空の路より島にこぼれ落ちてきた。

黄泉醜女(ヨモツシコメ)である。

黄泉醜女”は黄泉の鬼女である。

食らい尽くすことでも救われぬ“飢餓”に住む鬼女である。

わずかではあったが、流れ着いた人々が島に住んでいた。

黄泉醜女は、この島をわずかのうちに飢餓の島に変えた。

黄泉の鬼女は、物を食らわない。

“こころ”を食らうのである。

人々は争いその憎しみや我欲の心を発露するようになった。

黄泉醜女はそれをむさぼり食らった。

 

島は、暗雲がいつも垂れ込めたようになった。

 

蛭児(ひるこ)が静かに隠れて暮らす“島”の安寧が破られようとしていた。

蛭児(ひるこ)弟は海の荒ぶる神、“スサノオ”である。

(妹として、太陽を司る三神ティダアマテラス・天照大神・モシリコロフチ、弟の月を司る“ツキヨミ”などがいる。)

十束剣(とつかのつるぎ)は黄泉の国からの“イザナギ”の逃走に力を発揮した。

一度は、悪霊の追撃を振り切ったはずの十束剣(とつかのつるぎ)を持つスサノオに、蛭児(ひるこ)は救援を求めたのだった。

剣を携えて遣わされたのが、“ハチジョウ・アカハチ“であった。

絶海の孤島で、黄泉の国で繰り広げられた戦いが再び繰り広げられたのであった。

 

2013年11月20日 (水)

カムイたちの黄昏、その3

伽那志が祖母クスマヤーの家に行くと、世話をしている甥っ子のガチマヤーが迎えに出てくれた。

 

伽那志よ、よう来てくれた。」

「クスマヤーおばぁさん、母の言い付けでおばぁさんのお世話をしに来ましたよ」

 

クスマヤーは、神降ろしの人である。

それは代々受け継がれてきた能力で、先祖だけでなく草や岩や万物に宿る地の声、天の声にも耳をかたむけるものであった

 

多くの人が、彼女の口寄せを頼りにやって来た。

伽那志も耳を澄ませれば、ざわめきのように“声”が聴こえる時がある。

伽那志にもその血が流れているのだ。

 

すっかり縮んでしまい歩けなくなった祖母のクスマヤーは、丸い大きな紅い布団の様なものに納まり、紅と黄色の端切れの様なものにくるまりガチマヤーに抱えられながら訪い人の前に姿を現し神託を下す。

 

片手に風車を持ち宙にかざす。

と、風もないのに風車が廻りだす。

廻る風車はやがて、彼女の意識を“人の記憶の大河”へと引き込んでいく。

己の意識を沈めて、その心の隙間に精霊たちの居場所を作るのだ。

聖霊とは、想念のエネルギーだ。

相談者の収まるべき意識のレベルが合う聖霊が降りたとき、過去生からメッセージを受取るのである。

クスマヤーおなぁさんの神降ろしは適格と評判であった。

クスマヤーおばぁさんの世話をしながら、伽那志はこのおばぁさんが観ている“観えないもの”と同じ景色が、時として自分の眉間に現れることに気付いた。

そんな時、クスマヤーおばぁさんは、いたずらっ子のように伽那志の顔をじっとのぞきこんでただ笑いかけてくるのだった。

 

タケルが体力を回復するのに合わせるように、祖母の世話をする日々が続いた。

 

月齢が十三夜から十五夜へと満ちる夕暮れのことであった。

伽那志、ここへおいで。」

「その昔、大地を作った私たちの祖神さまは、三つ子の姉妹をお産みになったんじゃ。」

3人の姫たちは、それぞれが祖神となり三つの人の世を黒い潮の流れに沿った地に造られんじゃ。」

「わしらの地はその3人姉妹の真ん中の姫君、ティダアマテラス様が来てお造りになった南の世界なのじゃ。」

「其処に神産みして、私たちの様な人をお造りになられたのじゃ。」

「永久(とわ)に輝き続けるティダの世界、陰と陽が交錯した我らが住む世界、そして我らが向かうニライカナイ」

「これらが、程よく調和した時にこの世界は平穏が保たれるのじゃ。」

「私の祖の一族は、ティダアマテラスの女神にお仕えするもの。わたしは、もはやニライカナイへと行かねばならぬ。」

 

クスマヤーおばぁさんは、カナシの手を取った。

そして、おばぁさんの胸元から見事なタカラガイの首飾りと「ティダ(太陽)の巻き貝」と呼ばれるゴホウラ貝の腕輪1対をとりだした。

「これは、私のおばあさんの、おばあさんの、そのまたおばあさんと気が遠くなるような昔から、授ける相手を選んで受け継がれてきたものじゃ。」

 

その首飾りは、男具那の天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)のように、受け継ぐべきものが手にするべきものであった。

 

「今宵これを身に付けお前を月ぬ浜“へと送り出すように、声が降りてきた。」

「お行き!何も考えなくてもよい!」

「とにかく、お行き!」

クスマヤーおばぁさんは一気にしゃべり終えると、伽那志にそれらを手渡し大きく息をついた。

やがて視線が何かを求めて彷徨い沈まんとするティダ(太陽)を観止めて、静かに目を閉じた。

開け放たれた窓から差し込んできた黄昏のティダ(太陽)が、明明(あかあか)とそして静かにクスマヤーおばぁさんの皺が切り刻まれたような横顔を照らしていた。

 

一瞬、ティダの夕日が部屋に差し込み満ちた。

クスマヤーおばぁさんの全身が縮こまったような感じがした。

黄金色の光が部屋に満ち、おばぁさんの体から「生」が昇り立っていくのを伽那志は、はっきりと観て、はっきりと感じた。

「おばあさん」

カナシは、おばぁさんを抱きしめた。

懐かしい日なたの匂いとともに一旦昇り立ったものが、伽那志の上に降り注いでくるのがわかった。

それは、暖かくて心地よく何故か懐かしく体内に沁みこんでいく感じがした。

伽那志は、おばぁさんを抱きながら抱かれていることを悟った。

そして、“(嵐の日にやってきたあの若者と私は、運命(さだめ)なのかも?)”と。

おばぁさんの魂(ちむ)が、クスマヤーおばぁさんだったものから去っていった。

伽那志は、おばぁさんを静かに横たえ甥っ子のガチマヤーに託した。

 

 

伽那志は宵闇迫る道を、ひた走った。

月ぬ浜へと。

 

・・・・・・モーアシビーが行われる月ぬ浜・・・・・・・

神々の晩餐:男具那と伽那志の章

モーアシビーの夜

 

望月(満月)は中空にかかり始めていた。

男たちは、歌を詠み、女たちが返歌する。

頃合いがとれた男女は、手に手を取り闇へと消えていく。

篝火(かがりび)の火の粉は天まで届けと舞い上がっていく。

男具那を慕う女たちは多かった。

歌が次々と詠まれていく

その歌に、返歌を繰り返し互いの相性を探り当てるのである。

タケルの歌も見事で、また女たちの返歌にタケルは首を振らない。

そうこうしているうちに、座は盛り上がりを見せ始めていた。

タケルがこれが最後と歌を詠み始めた。

“川の水はやがて海に注いでとどまる(そのようにやがて)、私の心は貴女の想いに染まる。”

・・・・直ぐに返すものはいなかった。

一瞬の静寂のあとであった・・・・・。

アダンの木陰から沁みとおるような女の声が返歌を詠みはじめたのだ。

“月と太陽はいつも仲良く同じ道を通る。貴方の心も。だからいつも私一筋であってほしい”

 

座にどよめきが走った。

伽那志である。

伽那志の胸元がアダンの葉陰の闇に、光っていた。

クスマヤーおばぁさんに託されたタカラガイが自ら輝き始めたのだ。

伽那志が産まれたときに握っていた、タカラガイはその首飾りに組み込まれて一段と清かな紅色に輝いていた。

伽那志が葉陰から男具那に近づいていく。

男具那が身に帯びていた剣(つるぎ)も鞘越しに光り始めていた。

雲一つなかった夜空に、風が舞いだした。

叢雲(むらくも)が月を蔽っていく。

突如現れた少女に男具那は、言葉を失った。

言葉も意味をなさなかった。

二人はただ見詰め合ったまま、互いが触れあう位置まで来て立ち止まった。

 

運命(さだめ)が、出あったのだ。

 

突如、光が中空を走り海の上をくねくねと龍たちが雲の間を跳梁する様がみえた。

時折さす月明かりが龍の影を雲に反映する。

空に異様な気に満ちてきた。

やがて、大粒の雨が天から落ちてきた。

次第に帳(とばり)が降りたように雨足は激しくなり砂浜を叩き始めた。

雷鳴がとどろき逆巻く海に、人々は先を争って逃げ出した。

二人が身に着けている剣(つるぎ)と首飾りはまばゆいばかりに発光している。

全身をほの青い光に包まれた二人の影が雨ですっかり消えた篝火の前で、やがて一つに重なり合った。

どちらともなく互いはもとめ合い唇を合わせ、心と心が宿命(さだめ)を確かめ合っていった。

刹那、天を切り裂き光と炎に包まれた雷(いかずち)が、重なり合う影となった二人めがけて落ちていった。

二人の発する光は、さらに輝く一つの光の柱となった。

大音響とともに光の帯が二人の体から噴き上げ、珠になって散って行った。

 

風は益々啼き、雷(いかずち)が闇を切り裂き、雨が垣根を幾重にもめぐらし人々の視界を遮(さえぎ)った。

 

ティダアマテラスは、天照大神へと想念を送った。

 

「天照大神、これで良いのかえ?

「ティダアマテラス、恩に着る。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

雨と風は、天も地も溶け合うほどに激しく1晩中吹き荒れた

 

村人は、恐れおののきある者は被り物をしておびえ、ある者は肩を寄せ息を殺してひたすら祈った。

 

やがて・・・嵐は、去った。

 

夜明けになって、月ぬ浜の様子を見に戻った村人が見た光景は、たき火の後を中心に木々をなぎ倒しながら拡がった放射状の焦げ跡だった。

 

男具那伽那志の姿は其処にはなかった。

 

二人が身を寄せ合ったと思えるあたりの地面は、雷(いかずち)の斧を振り下ろしたようにこそぎ落されていた。

 

集落のヌール(女性神官)であった伽那志の母、トートームは半狂乱になりながら娘の姿を探し回った。

 

伽那志~~」

 

男具那は、マジムン(悪霊)の使いアカマタ(蛇神)の化身にちがいない!わが娘伽那志をさらって消えたわ!」

 

「おのれ~、許さぬ!」

 

 

2013年11月19日 (火)

カムイたちの黄昏その2

琉の島では、冬は西から絶え間なく風が吹く。

波頭はサンゴ礁を超えて、激しく白い星砂の浜辺へと打ち寄せてくる。

太陽(ティダ)と月(チチ、トートーメ)が支配する天空がちょうど半分ずつになった日を境に、島は「うりずん(陽春)」と呼ばれる季節を迎える。

春が来るのだ

それは、風が吹き返す季節でもある。

 

“クチヌカジ(東風:こち)”と呼ばれる風を男具那待っていた。

男具那は毎日浜辺にでて、風を測った。

(“この風なら、黒い潮の流れに乗って北へと向かえる”)

(“もう何日かしたら、風をつかまえられる”)

 

「ねぇ、いくの?」

 

振り返ると、世話になっている邑の親方ヒヌカン(火の神)の一人娘伽那志がいつの間にかクバの木の傍にたたずんでいた。

 

長い濡れたような黒髪と憂いを含んだような大きな瞳の少女だ。

 

「うむ、そろそろだな。」

「私を連れて逃げて」

「・・・ついてくるか?」

 

一陣の風がまるで泣いているように、耳元を音を立てて通り過ぎた。

 

ヒヌカンの妻トートームには助けられた時、「お前を助けてやるけれど、娘の伽那志には心を向けないように」と言われていた。

島の男たちに比べ長身でクルクルと巻き髪を両総(りょうふさ)にした、男具那は明らかに異国の人であった。

 

初め、遠巻きにしていた子供たちもが、11歩と物珍しさも手伝い近づいていき親しくなっていった。

子供たちの次は、女たちであった。

伽那志と初めて言葉を交わしたのは、モーアシビーの夜だった。

 

創世の書「男具那伽那志の物語」

 

ーモーアシビーの夜ー(毛とは野原の事、アシビ―とは歌垣“うたがき”のようなもの)

 

男具那の体力が回復するにつれて、彼の周りには笑い声や歓声が絶えなくなった。

嵐が過ぎ去った朝、波に打ち上げられた男具那を介抱したのは、邑の親方(長“おさ)のヒヌカンであった。

 

この邑には、古くからの言い伝えがあった。

 

ある日、海のかなたニライカナイから皇子の一人がやって来る。

(ニライカナイ:祖霊が守護神へと生まれ変わる場所、つまり祖霊神が生まれる場所であり民俗学者柳田國男は、ニライカナイを日本神話の根の国と同一のものとしている。)

 

その皇子は、1本の剣(つるぎ)と携えている袋の中に赤い碗や種、火を作る石、マータン(勾玉)と言われる石の首飾りを持っている。

 

それらすべては、ティダ(太陽神)が民に遣わしたものであり大いに重畳(大変喜ばしい)なことであるが、同じように大災厄も招く双御霊(ふたみたま)の悪皇子が来ることもあると・・・。

そしてその皇子に選ばれし娘は、その命と引き換えに皇子の“天駈け”を手助けすることになるという言い伝えであった。

 

ヒヌカンの始祖は、琉の島に初めて降り立ったアマミキョ(女神)とシネリキョ(男神)が土の中から造りだした最初の島人の一人と言われていた。

 

言い伝え通りの若者が、剣を携え息絶え絶えに目の前にいた。

ヒヌカンの背後から彼の肩に手を当てて覗き込んでいた妻のトートームは、夫の耳元でささやいた。

 

「このまま、この若者を海に流しましょうよ。これは言い伝えのニライからの皇子ではなく、きっと私たちに禍(わざわい)を招く悪皇子よ!」

「助けたら大災厄が降りかかり、私たちの村は大変なことになるわ。」

 

ヒヌカンは暫くの間、目を閉じた。

そして、自分の中の奥深くの思考の泉に静かに身を沈めていった。

 

彼にとって神とは、彼の血の中に蓄えられた先祖の記憶なのである。

無の中に・・・、無音の中に・・・無になった意識が沈んでいく。

 

やがて閉じた瞼(まぶた)の先に、紫や赤の雲のようなものが遠く近く渦巻き始めると突然視界が拓けた。

 

光り輝くものが彼を見据え、音もなく声を発する。

 

音もなく・・・・「助けよ」と。

彼には、確かにそう聴こえた。

ヒヌカンは、妻の言葉に応えることなく若者を彼等の住まいの苫屋(とまや)へと背負って行った。

ヒヌカンがぼそりと妻のトートームに言った。

「この若者が出ていくまで、娘の伽那志を山向こうのお前の里にあずけておけ。」

トートームの母性が直感の警笛をチリリと鳴らしていた。

 

伽那志、しばらくの間、私の母親のクスマヤーおばぁ(くそ猫ばぁさん)の面倒を見ておくれよ」

伽那志は、突然母のトートームに言われ山向こうのウンナの集落へと向かわせられたのだった。

 

その若者男具那が家へ担ぎ込まれたときであった。

伽那志が首からさげていた「タカラガイ」の首飾りが、その身を震わせたのだ。

同時に伽那志の心がわけもなく震え、とてつもない不安のような気持ちが彼女を包んだ。

 

“(海から来たあの若者はどんな人なんだろう?)”

 

伽那志にとって、産まれたときに握りしめて出てきたタカラガイが打ち震えたという経験は初めてのであった。

何か、身を裂かれるような想いがよぎったがカジマヤー(風車の歳97歳:)間近い祖母のクスマヤーの世話にと若者の姿を遠巻きに見ながら家を後にしたのであった。

 

男具那は、順調に回復した。

偉丈夫の男具那を、女たちが見逃すはずがない。

 

男女が集い、掛け合いの歌を詠みながら互いの気持ちを確かめあう”モーアシビー”が近付いていた。

 

ヒヌカンとトートームは”モーアシビー”に行くことをタケルに勧めた。

(・・・伽那志には絶対逢わすまいと・・・。)

2013年11月18日 (月)

カムイたちの黄昏

プロローグpro-logue

ティダアマテラスは微睡(まどろ)んでいた。

 

“南の神世界”、ニライカナイには、永遠の時が揺蕩(たゆた)うように流れ、静寂の時が流れるはずだった。

 

そのときも・・・・・・・・西暦2011311日午後246分。

 

はるか彼方の海の底が、延々と2つに裂けたのである。

 

裂けた片方が、口を開いた奈落へと引きずり込まれ、反動で海面は沈み、また盛り上がり、大波となって陸地へと押し寄せていった。

 

結界となっていた空間の綻(ほころ)びは、遥か海底の地の底から龍神たちの悲鳴に近い叫び声と共にやってきた。

 

ニライカナイが存在する空間は、間尺(ましゃく)というものはない。

 

ニライカナイは、広大無辺でありまたミクロの点にも匹敵する微小なものでもあるのだ。

 

「なにか!」

 

琉の島の御嶽のイビに祀(まつ)られているアマミキョ(女神)とシネリキョ(男神)に問いかけた。

 

「ティダ様、遠く北の国越冠(コシカップ)とヤマトゥの境カジマの海の底が次々と裂けて割れています。」

 

「あの地は北のエミシの国カムイ・ムシリのモシリコロフチ(国の女神)が、ヤマトゥの天照大神(アマテラスオオカミ)と社(やしろ)を分かつ境ではないか?」

 

「イザナミの黄泉・根の国への入り口の一つは、その海の底にあったはず・・・・・」

 

神としてのティダアマテラスは、実相を伴わない。

 

ティダアマテラスの実相とは、光に包まれたエネルギー体であり人間から見るとまばゆいばかりのオーラに満ちている“意識”そのものである。

 

ティダアマテラスは、「千里の目」を開いた。

 

ティダアマテラスの「千里の目」には、天に昇る前の龍の子たちが、黄泉から噴きあげる業火に炙(あぶ)られ、さらにのたうち逆巻くうねりとなって海面に大波を立てていく様が見えた。

 

大波は、幾重にも陸地に向かい人間たちが営々と築きあげてきた「儚(はかな)き物」を次々と吞みこんでいった。

 

異変が起きている地溝帯の中央部分陸地には、人が灯した「神の灯」が見えている。

 

やがて、「神の灯」が大波に吞まれたその時・・・「禍津日神(まがつひのかみ)」が“原子炉”と人が言う灯の中から不気味な姿を現したのであった。

 

万物を構成する元をたどって行けば、神の世界に行き着く。

 

原子とは、物を構成する電子・陽子と中性子の構成粒子である。

 

その先が素粒子(クォーク)、すなわち神の世界なのである。

 

「ひとがあつかえるものではない」ティダアマテラスは思っていた。

 

形あるものは、流転し変化しながら「無」へと向かい、やがて神が「有」を与える。

 

これが、神がつかさどる業(わざ)。

 

「すべてが無に帰すまで人は生きて居まいに・・・・。」

 

「神の時間は、悠久で人の時間はあまりにも短い」

 

灯の底が、暗く赤く閃光を発し溶解していく。

 

稲光が走る。

 

黄泉から還ったイザナギが穢(けが)れを落としたとき産まれた禍津日神、さらにイザナミのホーを焼き尽くして最後に生まれた火の神カグツチまでもが、蘇ってくるではないか!

 

やがて、きのこの様な大黒雲が湧きたち、再び穢(けが)れは放たれてしまった。

 

 

上古・・・人が歴史として遡(さかのぼ)れる最古の時代より前・古代。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1:創世の書

 

「男具那(をぐな)と伽那志(かなし)の物語」

 

“波の音、風の音“を聴こうと男具那が浜辺に立つと、どこからともなく歌声が聞こえてくる。

 

もう夕暮れが迫ってきた。

 

南海の翠(みどり)の海が紅(くれない)に染まるころ、遠くに若い男女が歌で相聞きあう声が響く。

トゥバラーマと呼ばれているこの地の“相聞歌”だ。

 

♪月(つくぃ)とぅ太陽(てぃだ)とぅや、 ゆぬ道(みつぃ)通りょうる♪

月と太陽とは同じ道お通りになる あなたの心も同じ道(で)あってください月と太陽とは同じ道お通りになる あなたの心も同じ道(で)あってください

 

感情を押さえた、それでいて心に滲み通るような歌声が男具那の耳にも届いてくる。

 

その声に応えるように、別の方角から・・・。

合い唱 「ツィンダーサーヨー ツィンダーサー(いとしい、いとしいよ)」

2つの声が、語り合っているかのように聞こえ・・・・。

♪かぬしゃま心(くくる)ん 一道(ぴとぅみつぃ)ありたぼり♪

(太陽と月が通る道のように、あなたさまと心が1本の道でありたいよ)

 合い唱「マクトゥニ ツィンダーサー」

 「ンゾーシーヌ カヌーシャーマーヨ」(かぬしゃま:あなたさま)

 

オオキミの命により、熊襲と呼ばれる民を恭順させ都へ還るために男具那は海路をとった。

静かの瀬戸の海流が突如逆巻き、風のまにまの枯葉のように外洋へ外洋へと船は導かれていったのだった。

 

帯びていた剣(つるぎ)の霊力に海底の龍が激しく反応したのであろう。

伊勢の社で叔母倭姫命(やまとひめのみこと)から授かった剣(つるぎ)が青白い光を鞘越しに発光させている。

 

この地で言うミーニシと呼ばれる北風に吹かれ外海に流された舟は、幅数百キロの黒い潮の流れに逆らうように南へ南へと流され漂流した挙句、大きな黒雲の中に突入した。

すさまじいばかりの雨風と風が吹き荒れていた。

従った僅かの配下も、次々と力尽きていった。

独りになった男具那になおも嵐は容赦なかった。

 

神の代(かみのよ)、天照大神の弟スサノオが、ヒィカワと呼ばれる川を氾濫させていた八個の頭、八本の尾をもつ大蛇(おろち)を退治したとき、体内から取り出された剣(つるぎ)。

 

天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)。

 

大いなる力が宿った剣(つるぎ)は、持ち主を選ぶ剣(つるぎ)でもあった。

ふさわしくないものが不用意にそれを手にしたり、切られた者は、その霊力に打たれ骨まで黒こげになり、のたうち死ぬ。

 

炎に焼かれ黒こげになるのではない。

そのものが持つ「神の灯」の所為なのだ。(後世、ウラン鉱石と呼ばれるもので、それは造られていたのである。)

 

もはや、すべての望みも消え果てた。

剣(つるぎ)をかざし、男具那は自らを折れた帆柱に括(くく)り付け嵐に向かって叫んだ。

「わが身を砕くなら、砕け!剣の命果てるまでわが命とともに私は闘う・・・・。」

 

ひときわ大きな波が、タケルの頭上からおおいかぶさってきた・・・。

次第に、意識が遠のいていく。

 

気を失った男具那の舟は、突然の静寂に包まれた。

龍の目と呼ばれる大嵐の中心へと進んだのだった。

男具那の顔を形をかたどったような光に包まれた不思議な女神が覗き込んでいる姿を、すぐそばで見ている男具那がいた。

そこには、魂を失った男具那がいた。

 

そこは、ティダアマテラスが支配するニライカナイと天照大神が支配する高天原の境界であった。

女神は、左右に白い竜と黄色の龍を従えていた。

 

女神は、ふと微笑んだように男具那には思われた。

 

男具那の意識は、そこで途絶えた。

気が付いたときは、ヒヌカンの家であった。

琉の島と言われる島に流れ着いたのだ。

 

男具那は、オオキミのいる都へと向かわねばならなかった。

遠い昔、親神といわれている神産みの祖が高天原と根の国の中間を取り持つ葦原中国(あしはらなかつくに)を平定するときに授けられた玉(ぎょく)、鏡、剣(つるぎ)。

それぞれの力により、中つ国は平定されたのであった。

剣(つるぎ)は、戦いの力を現すものであった。

オオキミの治世が揺らいでいた。

男具那にはオオキミの命による葦原中国(あしはらなかつくに)の平安を司る3本の剣(つるぎ)を再び大王のもとに戻さなければいけない使命があった。

北の最果て、エミシの頭目タンドシリ・ピリカの手にある「布流剣(ふるのつるぎ)」を再びに葦原中国(あしはらなかつくに)に奪い返さなければいけなかったのだ。

 

葦原中国(あしはらなかつくに)とは、天照大神の住む高天原と根の国の中間に位置する現世そのものの世界である。

 

古来、3本の剣によって葦原中国(あしはらなかつくに)の平安は保たれていた。

 

「布流剣(ふるのつるぎ)」とは、祖神イザナギの妻イザナミが最後に産み落とした火神カグツチが母を焼き殺したとき、怒り嘆き悲しんだイザナギガ怒りにまかせて切り殺したとき、剣に付着した血から化生(けしょう)した神建御雷神(たけみかずちのかみ)が持っていた妖霊剣の名前である。

 

建御雷神(たけみかずちのかみ)は、高天原と黄泉の国を取り持つ葦原中国(あしはらなかつくに)を最初に平定した化生神になるのである。

 

その剣は、北への備えとして、常陸カジマの森の社に祀られていた。

その剣が、こともあろうにエミシの手に落ちたのである。

失われた剣(つるぎ)のせいで、葦原中国(あしはらなかつくに)が今、荒ぶっている。

 

タケルが持つ草薙の剣(つるぎ)こそ、唯一、布流剣(ふるのつるぎ)と互角に闘えるものであったのだ。

 

もう1剣、これらに互するとされるのが、十握剣(とつかのつるぎ)である。

 

十握剣(とつかのつるぎ)とは、イザナミが妻イザナギを焼き殺した我が子「火神カグツチ」を切って捨てた剣(つるぎ)そのものである。

 

スサノオの大蛇(おろち)退治に使われた十握剣(とつかのつるぎ)の行方は、ようとして行方がわからないままであった。

 

エミシへと向かわなければ・・・・。

しかし、黒い潮の流れは、秋から冬の間、強い風を伴い、決して男具那の還りたい方角へは寄せ付けなかったのだ。

 

「うりずん(陽春)」の季節。

 

風が吹き返す季節になった。

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