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2013年11月20日 (水)

カムイたちの黄昏、その3

伽那志が祖母クスマヤーの家に行くと、世話をしている甥っ子のガチマヤーが迎えに出てくれた。

 

伽那志よ、よう来てくれた。」

「クスマヤーおばぁさん、母の言い付けでおばぁさんのお世話をしに来ましたよ」

 

クスマヤーは、神降ろしの人である。

それは代々受け継がれてきた能力で、先祖だけでなく草や岩や万物に宿る地の声、天の声にも耳をかたむけるものであった

 

多くの人が、彼女の口寄せを頼りにやって来た。

伽那志も耳を澄ませれば、ざわめきのように“声”が聴こえる時がある。

伽那志にもその血が流れているのだ。

 

すっかり縮んでしまい歩けなくなった祖母のクスマヤーは、丸い大きな紅い布団の様なものに納まり、紅と黄色の端切れの様なものにくるまりガチマヤーに抱えられながら訪い人の前に姿を現し神託を下す。

 

片手に風車を持ち宙にかざす。

と、風もないのに風車が廻りだす。

廻る風車はやがて、彼女の意識を“人の記憶の大河”へと引き込んでいく。

己の意識を沈めて、その心の隙間に精霊たちの居場所を作るのだ。

聖霊とは、想念のエネルギーだ。

相談者の収まるべき意識のレベルが合う聖霊が降りたとき、過去生からメッセージを受取るのである。

クスマヤーおなぁさんの神降ろしは適格と評判であった。

クスマヤーおばぁさんの世話をしながら、伽那志はこのおばぁさんが観ている“観えないもの”と同じ景色が、時として自分の眉間に現れることに気付いた。

そんな時、クスマヤーおばぁさんは、いたずらっ子のように伽那志の顔をじっとのぞきこんでただ笑いかけてくるのだった。

 

タケルが体力を回復するのに合わせるように、祖母の世話をする日々が続いた。

 

月齢が十三夜から十五夜へと満ちる夕暮れのことであった。

伽那志、ここへおいで。」

「その昔、大地を作った私たちの祖神さまは、三つ子の姉妹をお産みになったんじゃ。」

3人の姫たちは、それぞれが祖神となり三つの人の世を黒い潮の流れに沿った地に造られんじゃ。」

「わしらの地はその3人姉妹の真ん中の姫君、ティダアマテラス様が来てお造りになった南の世界なのじゃ。」

「其処に神産みして、私たちの様な人をお造りになられたのじゃ。」

「永久(とわ)に輝き続けるティダの世界、陰と陽が交錯した我らが住む世界、そして我らが向かうニライカナイ」

「これらが、程よく調和した時にこの世界は平穏が保たれるのじゃ。」

「私の祖の一族は、ティダアマテラスの女神にお仕えするもの。わたしは、もはやニライカナイへと行かねばならぬ。」

 

クスマヤーおばぁさんは、カナシの手を取った。

そして、おばぁさんの胸元から見事なタカラガイの首飾りと「ティダ(太陽)の巻き貝」と呼ばれるゴホウラ貝の腕輪1対をとりだした。

「これは、私のおばあさんの、おばあさんの、そのまたおばあさんと気が遠くなるような昔から、授ける相手を選んで受け継がれてきたものじゃ。」

 

その首飾りは、男具那の天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)のように、受け継ぐべきものが手にするべきものであった。

 

「今宵これを身に付けお前を月ぬ浜“へと送り出すように、声が降りてきた。」

「お行き!何も考えなくてもよい!」

「とにかく、お行き!」

クスマヤーおばぁさんは一気にしゃべり終えると、伽那志にそれらを手渡し大きく息をついた。

やがて視線が何かを求めて彷徨い沈まんとするティダ(太陽)を観止めて、静かに目を閉じた。

開け放たれた窓から差し込んできた黄昏のティダ(太陽)が、明明(あかあか)とそして静かにクスマヤーおばぁさんの皺が切り刻まれたような横顔を照らしていた。

 

一瞬、ティダの夕日が部屋に差し込み満ちた。

クスマヤーおばぁさんの全身が縮こまったような感じがした。

黄金色の光が部屋に満ち、おばぁさんの体から「生」が昇り立っていくのを伽那志は、はっきりと観て、はっきりと感じた。

「おばあさん」

カナシは、おばぁさんを抱きしめた。

懐かしい日なたの匂いとともに一旦昇り立ったものが、伽那志の上に降り注いでくるのがわかった。

それは、暖かくて心地よく何故か懐かしく体内に沁みこんでいく感じがした。

伽那志は、おばぁさんを抱きながら抱かれていることを悟った。

そして、“(嵐の日にやってきたあの若者と私は、運命(さだめ)なのかも?)”と。

おばぁさんの魂(ちむ)が、クスマヤーおばぁさんだったものから去っていった。

伽那志は、おばぁさんを静かに横たえ甥っ子のガチマヤーに託した。

 

 

伽那志は宵闇迫る道を、ひた走った。

月ぬ浜へと。

 

・・・・・・モーアシビーが行われる月ぬ浜・・・・・・・

神々の晩餐:男具那と伽那志の章

モーアシビーの夜

 

望月(満月)は中空にかかり始めていた。

男たちは、歌を詠み、女たちが返歌する。

頃合いがとれた男女は、手に手を取り闇へと消えていく。

篝火(かがりび)の火の粉は天まで届けと舞い上がっていく。

男具那を慕う女たちは多かった。

歌が次々と詠まれていく

その歌に、返歌を繰り返し互いの相性を探り当てるのである。

タケルの歌も見事で、また女たちの返歌にタケルは首を振らない。

そうこうしているうちに、座は盛り上がりを見せ始めていた。

タケルがこれが最後と歌を詠み始めた。

“川の水はやがて海に注いでとどまる(そのようにやがて)、私の心は貴女の想いに染まる。”

・・・・直ぐに返すものはいなかった。

一瞬の静寂のあとであった・・・・・。

アダンの木陰から沁みとおるような女の声が返歌を詠みはじめたのだ。

“月と太陽はいつも仲良く同じ道を通る。貴方の心も。だからいつも私一筋であってほしい”

 

座にどよめきが走った。

伽那志である。

伽那志の胸元がアダンの葉陰の闇に、光っていた。

クスマヤーおばぁさんに託されたタカラガイが自ら輝き始めたのだ。

伽那志が産まれたときに握っていた、タカラガイはその首飾りに組み込まれて一段と清かな紅色に輝いていた。

伽那志が葉陰から男具那に近づいていく。

男具那が身に帯びていた剣(つるぎ)も鞘越しに光り始めていた。

雲一つなかった夜空に、風が舞いだした。

叢雲(むらくも)が月を蔽っていく。

突如現れた少女に男具那は、言葉を失った。

言葉も意味をなさなかった。

二人はただ見詰め合ったまま、互いが触れあう位置まで来て立ち止まった。

 

運命(さだめ)が、出あったのだ。

 

突如、光が中空を走り海の上をくねくねと龍たちが雲の間を跳梁する様がみえた。

時折さす月明かりが龍の影を雲に反映する。

空に異様な気に満ちてきた。

やがて、大粒の雨が天から落ちてきた。

次第に帳(とばり)が降りたように雨足は激しくなり砂浜を叩き始めた。

雷鳴がとどろき逆巻く海に、人々は先を争って逃げ出した。

二人が身に着けている剣(つるぎ)と首飾りはまばゆいばかりに発光している。

全身をほの青い光に包まれた二人の影が雨ですっかり消えた篝火の前で、やがて一つに重なり合った。

どちらともなく互いはもとめ合い唇を合わせ、心と心が宿命(さだめ)を確かめ合っていった。

刹那、天を切り裂き光と炎に包まれた雷(いかずち)が、重なり合う影となった二人めがけて落ちていった。

二人の発する光は、さらに輝く一つの光の柱となった。

大音響とともに光の帯が二人の体から噴き上げ、珠になって散って行った。

 

風は益々啼き、雷(いかずち)が闇を切り裂き、雨が垣根を幾重にもめぐらし人々の視界を遮(さえぎ)った。

 

ティダアマテラスは、天照大神へと想念を送った。

 

「天照大神、これで良いのかえ?

「ティダアマテラス、恩に着る。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

雨と風は、天も地も溶け合うほどに激しく1晩中吹き荒れた

 

村人は、恐れおののきある者は被り物をしておびえ、ある者は肩を寄せ息を殺してひたすら祈った。

 

やがて・・・嵐は、去った。

 

夜明けになって、月ぬ浜の様子を見に戻った村人が見た光景は、たき火の後を中心に木々をなぎ倒しながら拡がった放射状の焦げ跡だった。

 

男具那伽那志の姿は其処にはなかった。

 

二人が身を寄せ合ったと思えるあたりの地面は、雷(いかずち)の斧を振り下ろしたようにこそぎ落されていた。

 

集落のヌール(女性神官)であった伽那志の母、トートームは半狂乱になりながら娘の姿を探し回った。

 

伽那志~~」

 

男具那は、マジムン(悪霊)の使いアカマタ(蛇神)の化身にちがいない!わが娘伽那志をさらって消えたわ!」

 

「おのれ~、許さぬ!」

 

 

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